Archive for 6月, 2010

第9話 子供を脱皮する瞬間の小六女児

金曜日, 6月 25th, 2010

街頭紙芝居師にとって、昨年から続く異常気象には、体調を整えるのは大変だ。
今年3月下旬になり寒暖の差が激しく、桜の花のつぼみが戸惑いながら、ようやくふくらみ出した頃の24日から丸々3日間、連続土砂降り暴雨となるなんて、プロ街頭紙芝居師人生30年間で記憶にない。

昔から、「土方殺すにゃ刃物はいらぬ。雨の3日も降れば良い」とマイナスイメージの歌まで造られているのが、あまりにも豪快な長雨にキッパリと諦める事が出来、大いに有意義な3日間となった。
永らく放棄されていた連絡や、原稿の修正、友人へのお詫びの電話、出演依頼の交渉等、実に重々しい話しを含めて、積極的に時間の消化が出来て、充実した3日間だった。

長雨が晴れて、晴天の4日目の金曜日の午後3時、足取りも軽くいつものように公園に着いた。
この公園は一週間に1回毎週金曜日に30年間も街頭紙芝居を上演し続けている、親子2代に渡る実演公園だ。
ところがその日、晴天の天気予報がはずれ、午前中30分に渡り激烈な土砂降りの雨に見舞われ、おまけに急冷となったので、子供達の集まりは半減だ。
しかし、春休みに入っている為、遠方から親類の幼児達親子が来てくれていたので、幼児達に大声で返事をさせるのに熱中していた。

昨今の子供達は親が公園に入っても手をつないでいるので、自立心が少なく、返事の出来ない子が多く、やっと返事が出来ても小さな声だ。
こんな4~5歳児が多い時には、泣き出さない範囲で叱ったり、誉めたりと、返事をさせる躾の為に忙しく、あっ!と云う間に30分は過ぎる。

こんな日、長身で赤い服を着たジーパン姿の中学生位の女児がすーっと現れた。

「オッチャン!私、覚えてる?!」
と俺の顔を覗き込んだ。

突然なので、一寸ばかり驚いたが、勿論顔は見覚えがあり、まじまじとその女児の顔を見ると、子供の顔を卒業した、一人の大人の顔だ。
中学3年生位の感じだ。

ここ2~3年位は紙芝居を観に来ていないので、なつかしさもあり、思わず
「中学生になったんか?」
と大声で問いかけた?

「ちがう、ちがう、4月から中1やん!。まだ小6やん!」

実に、番茶も出端の新鮮で、女性らしい女児ではないか。
一人前の大人の雰囲気だ。

毎日そばで見ている親には、その成長ぶりは分かっていないと思われる。
昨今の女児の大人化は実に早くなっていると俺は強く感じているのだ。

女性は子供を産み育てる、営巣本能があり、不安定な世界の世相の乱れを感じての防御本能が遺伝子を動かしているのだと、勝手に解釈している。
同じ6年生でも男児に比べて女児の大人化は実に早いのだ。

だから、こんな女児と出会うといきなり大人対象の話題で話しかけて行く。

男児は途中で逃げ出すのが大半だが、女児は真剣に応えてくれるのが多く、この女児も実にさわやかに受け答えを返してくれる。

十年来の友達の様で、お互いによろこんで、将来の夢にまで話題がはずむ。
そんな話しの途中で、急に目が空中を見つめ、独り言の様につぶやいた。

「わたし、紙芝居に来れないと思うの…。」

「えええっ…、なんでや!」

「わたしは外国に行く夢があるねん。その為、外国語を習うには、私立中学校が一番良いと思うねん。」

わざわざ俺を訪ねて来た理由がやっと分かった。
常日頃、紙芝居現場で、子供達と話し合う時、勉強も大事だが、それ以上に自分の夢を持つことが大事だ。

夢は自分で創るもので、誰も与えてくれないぞ!
自分の夢を持つと、夢に向かって必要な勉強をするから勉強が勝手に楽しいものになるんじゃ。

との持論を話し続けて来たので、その報告に来てくれたんだと悟った。

また、5~6年生になって、紙芝居に来れなかった事を申し訳なさそうに埋めようとしている気持ちが、手に取るように分かる。

この女児へのいとおしさと共に、熱い友情が湧き出て来る。
俺は真剣に話しかけて行く。

「そうか、夢を持ったのは良い事だが、公立でもこれから良くなるぞ…。大阪の橋下知事さんも云うてはるで…。」

「うう~ん、なんとなく分かるけど…。」

「それに、月謝が高いんだ!。大丈夫か?…。まだまだ、景気が悪いし、お父さん、どう云うてはんのや?…」

空中に可愛く、目玉を泳がせながら真剣だ。

「おっちゃん。それだけは、何か怖くって、よう尋ねれんのや…。」

その返答に思わず、一人前の分別を持った大人を感じさせる。
本能的に親の苦しみを感じながら、自分の夢との間に悩んでいるのだ。

「怖くても君はもう大人の力を持っているから、現実を良く分かった上で、夢を実現した方が良いと思うよ」

「うううん…。」と少し黙り込んだ後、

「やっぱり、お父さんに聞いて見るわ!」

「そうか、もしも悪い結果が出ても事実なんだから、その事実を良く納得して夢を創れや!」
「苦難はその人が乗り越える力があるから、天が与えるんだから、前向きに自分の感じた方向に進んだら良いんだよ!」

実にさわやかに、

「そうするわ!」

としっかりした返事が返ってきた。
そして一週間後の金曜日に必ず報告に来るからと手を握って帰って行った。

子供を脱皮した瞬間の大人や、さわやかな子供達が俺の人生を浄化し、俺の求める紙芝居道を進化させてくれるのだ。

第8話 プロ紙芝居師の仕事

木曜日, 6月 10th, 2010

ここまで書いて来ますと、特にやる気のある中高年の男女に呼びかけたいのです。

複雑怪奇な21世紀の混沌たる現実が日本を含め全世界を覆って来ています。
今まで久しく続いた学校制度や、勉強方法では乗り越えられないものが発生して居ります。

それら乗り越えるには「考え方ではなく、感じ方」に己の行動を転換させないと、永久にベターな解決は生まれないでしょう。

特に教育の仕事で生計を立てて来られた方々で、今の教育に疑問を感じておられる人も多いと思います。

それなら街頭紙芝居に挑戦しませんか。

街頭紙芝居業は通常午後3時頃から午後7時頃までが勝負時間です。

月曜日から金曜日まで、1日2~3カ所、街頭広場で紙芝居を行いますが、土、日、祭は、1日4~5カ所、やる気次第で実演可能で、1ヶ月15万円位は確保できる自由業です。
雨の日だけが休日で、晴耕雨読の「学問」の時間であり、新作紙芝居づくりの時間です。
そして、実に大切な地域町内会のボランティア活動の時間です。

街頭紙芝居は、己の住まいを中心に活動されることを望みます。
拍子木で街中を廻りながら、出会った大人、子供達に挨拶や語りかけをして行くので、性別や年齢を超えたコミュニケーションが地域社会の人々との間に生まれ、街中が温もって行くのです。

今や、エゴと無責任と依存心で無茶苦茶な日本社会。
かつて貧しい生活の中にも、隣り近所、長屋、路地裏に温もりがあり、それを大切にしていた昭和時代を懐かしんでいるだけでは、社会は成長しません。
そして、子供達も街頭紙芝居を通じて、友づくり、夢づくりと遊びを通して成長して行くのです。

世界で唯一、日本だけに生まれたその歴史は、200年もあり、昭和になって、8万人もの生活をかけたプロ街頭紙芝居師が居られましたが、今では私一人です。
街頭紙芝居復活に参加されませんか?

プロ街頭紙芝居養成講座は年間2回行っています。1月と6月です。
6月は20日(日)、27日(日)の2日間ですが、某テレビ局も取材に来ます。
講座の詳細は、こちらで案内しておりますので、よろしく

第7話 無我夢中

月曜日, 6月 7th, 2010

街頭紙芝居道は、遊びとか趣味的とかでは到底生まれて来ません。
安易な意識では、必ず途中で廃業されるでしょう。

細流は海に入らずとか云いますが、無我夢中になった太いエネルギーの投入が大切です。

子供は一生懸命の動きに反応する生き物ですから、毎日決まった時間に決まった場所へ、昨日の続きの紙芝居を持って、風の様に現れて、風の様に去っていく「素」(ス)のオッチャンを街頭広場の遊びの一部として容認し出します。

タイコや鐘は不要で、紙芝居舞台周辺の旗やのぼり、舞台に貼り付けられたチラシや写真も不要で、演技の為にも飾り立てることは控えねばなりません。
特に、紙芝居実演には、舞台から離れ過ぎない意識が大切です。

毎日子供が多く集まる広場では、実際に街頭広場で紙芝居を演ずる時間はマンガ一巻、続きものの物語が一巻、クイズ一巻、合計三巻。三種類の紙芝居で演ずる時間は15分位です。
しかし、毎日、毎週、紙芝居絵は違うものを用いる事が大切で、同じ広場で三年間は同じ絵を使用しないのが鉄則なので、大量の紙芝居絵が必要です。(私は唯一人街頭紙芝居の絵を多く持って居ります)

街頭紙芝居広場で大半の時間は、紙芝居舞台の横に立ったらすぐ動かず、お菓子を作って渡したり、子供にの話しを聞いてやったりしながら、広場一杯に遊び廻る子供達の動きを見守り続けてやるのです。
動き廻る子供達がケン玉ならば、見守り続けるオッチャンは紙芝居舞台につなられた糸なのです。
やがて、帰りの時間となり、紙芝居舞台の引き出しや拍子木を片付け出すと、無我夢中に遊び廻っている子供達も離れて遊んでいる子供達の中からも気配を感じ、別れの手を振り出します。
両手を上にあげて、大きく応えてやるのです。

実にこんな毎日毎日の繰り返してこそ、その広場広場に群れて来る子供達一人一人の夢づくりの手伝いでもあり、街頭紙芝居道の温床にもなるのです。