Archive for 8月, 2010

第12話 転送された気になる手紙

水曜日, 8月 25th, 2010

第11話まで書いてきて、すぅ~と蘇って来るのは、「もえか」という今年19歳になる女の子のパソコン日記だ。
実は、昨年4月下旬、東京の(株)フリーズ社の渡我部美香さんからファックスで、我が家に送信されたものだ。

美香さんは、長身だが実に物静かで、女性らしさを内蔵した感性人間で、平成21年2月頃、ザ・カミシバイの俺の本を国会の図書館で読まれ、直ぐに寒風の大阪に来られ、毎日の街頭紙芝居実演現場を見学・取材されました。

そして、感動の秘話 -少女と紙芝居師の命の友情- としてフジTV「奇跡体験!アンビリーバボー」の全国放送につないで下さった恩人なのだ。

人間はほんとうに縁によって、生かされているのだが、「もえか」のパソコン日記も宇宙の大きな縁に依るものでしょう。

この日記も、テレビ放映が終わった直後に感動、直ぐに取りかかった様で、気持ちが伝わって来ます。

紙芝居のおっちゃん  April 23 thu 2009.

今日のアンビリーバボーで特集されていた紙芝居のおっちゃん。
実は小さい頃、凄く凄くお世話になりました。

私が大阪に転校してきて、お友達が出来始め時にね、
どうして苗字が変わったのってよく聞かれたの。

そうゆう時って離婚が恥ずかしいとも思っていなかったから、
「ママが再婚してん」
っていっつも隠しもせずにいたの。

公園でお友達と遊んでいるときに、初めておっちゃんとあった。
おっちゃんは毎週火曜日にきてた。

小学2年生のときなんだけど、その時友達がおっちゃんに、
「もえかちゃんって、お父さん2人もいるんだよ。変だよね」
って笑いながら言ってて、
私は、へんだと言われたことに対して、凄くむかついたの。

だから、その日は何も言わずに帰って、
次の火曜日に紙芝居だけ見に1人で公園に行った。

2回目なのにね、おっちゃん私の名前覚えててくれてて、
「もえかはお父さんが2人おるなんてなぁ、
2人のお父さんに愛されるなんて幸せなことやしな、
ちっとも変な事ちがうねんで~」
そういって、ウサギくれたよ。

ウサギっていうのは、私たちの間での呼び名だったけど、
水あめをせんべいではさんで、ソースで目を書いて耳をつけたものなの。

ねぇおっちゃん、私本当に嬉しかったよ。

それから火曜日の公園に、小学6年生くらいまでずっと行ってた。
中学になって、いろいろあって外に出る事も少なくなっていかなくなったけど、
いつも道で会った時でも「もえか笑ってるか~?」って言ってくれるおっちゃんが、
本当に暖かかったんだよ。

テレビでみてね、幸せそうなおっちゃんを見れて、本当に嬉しかった。

電話で教えてくれた、おねえちゃんに感謝しなきゃ。
紙芝居ってゆうたら、おっちゃんだから。
また型抜きとか、水あめとかテンカス(煎餅)とか食べたいな。

ほんとうになつかしい、10年前の思い出の「もえか」からのメッセージだ。
潜在意識の深い底を、リズミカルにかきわける様にうかび上がって来る「もえか」というなつかしく、温かい呼び名。
俺の体の一部の様だ。

来年は20歳の成人式か?可愛くて芯のしっかりした大人に成長してくれよ!

日本で唯一人、プロ現役街頭紙芝居師として、30年間続けていると、70万人の子供と出会っている計算になるが、男子の悪ガキは叱りつけていた記憶が多い公園だったが、女の子には、意外に優しかったんやなぁ~…。

それにしても、「もえか」が紙芝居を見に来てくれていた火曜日の紙芝居実演公園は川崎公園なのだ。
午後3時30分スタートで、5時30分までいて、5時30分から6時30分まで、1km位離れたところの豊崎東公園に移動していたのだ。

川崎公園は昭和55年に紙芝居をスタートさせた時の最初のホームグランド公園なのだ。
「もえか」も含めて、たくさんの思い出の凝縮した公園なのだ。

25年間も続けていたが、時代の流れで、5年前から子供達が急減し、隣の都島区の公園に移動しているが、年に一回の年末の公園餅つき大会には、午前10時から13時まで街頭紙芝居を実演しています。

まだ10年90歳までは紙芝居を実演するつもりですが、この記事を読んだら、現状の「もえか」を知らせて下さい。待ってるよ!!

TEL,FAX 06-6353-2957まで

第11話 100円玉を持った4才女児

火曜日, 8月 17th, 2010

丸顔で大きな目玉に、真っ黒な瞳、ころんころに太った女の児だ。
いつもこの広場での街頭紙芝居の実演は、午後5時には終了していて、お菓子売りの時間帯となり、7~8人の幼児達が行列をつくっている時だ。

行列をくぐり抜けて、いきなり
「オッチャン!」
と叫ぶと当時に、前から全力で太ももに飛びついて来る。
2~3秒しがみついてから、ぱっと飛び降りると、30m位離れた場所にある幼児用のブランコに向かって突進して行く。
本当にエネルギーの固まりだ。
ブランコで2~3分一人遊びをすると、又パッと飛び降り、50m先にある高学年用のブランコに突進していく。
そのブランコに飛び乗ると、一人で漕ぎ出す。
5分位漕いでいたかと思うと、パッと飛び降り、小枝を拾って、地面に何か書きはじめる。

やがて飽きると、中腰のまま、小枝で20m位線を引いて、紙芝居舞台の俺の方に近づいて来ると、やがて小枝を投げ捨て、全力疾走で再び俺の太ももに飛びついて来る。

太ももを下りると小さな手でズボンのポケットをぎこちない手つきでまさぐり続ける。

「オッチャン!!。ウサギアメ」
と言いながら、サッと右手を突き出す。
50円玉のおつりを渡すと、ズボンのポケットに入れるのに戸惑いながら、ようやく入れると、ニコッと笑って大きな目玉で俺の顔を見上げ続け、お菓子づくりを待つ。

お菓子を手渡すと、又も急発進だ。
公園の中央を目指して駆けて行く。5分も過ぎると食べ終わり、又も飛び込んで来て、残りの50円玉を握りしめて、俺の目の前に突き出す。
お菓子を渡すと、サット身をひるがえして、又も公園の中央に突進して行く。

そんな間、お母さんは、無干渉で公園内では、絶対放任なのだ。
30分位、公園で一人遊びをして、5時30分には、お母さんと帰って行く。
帰りには、わざわざ俺のそばに来て、小さな手を力一杯に振りながら、別れの挨拶をして帰って行く。

もう半年間もこのパターンが続いていて、年齢を超えた友情の糸につながれている。

第10話 ニッカポッカのお兄さん

金曜日, 8月 6th, 2010

大猛暑の前兆、今年4月2日。もう一週間で小学校に入学する6才児達の動きは、実に活発だ。
大きな運動グラウンドの横に細長く、狭く、小さな児童公園があり、4年前から毎週金曜日は午後3時30分から街頭紙芝居実演場所になっているのだ。
いつもの通り、拍子木で街中路地を15分間案内して廻り、お菓子を水アメ中心に売るのですが、すでに幼児達7~8人が一列に並んで順番待ちをしていた。
そんな時、ファーッと幼児達を包み込む様な気配りをして、ニッカーズボンの兄チャンが風の様に靜に並んだ。
こんな雰囲気は、かつて街頭紙芝居を体験している感覚なのだ。
お菓子をつくりながら、チラッと横目で見ると、21~22才位の小柄だがガッチリとした兄チャンだ。

前に並ぶ幼児をかばうような仕草をしながら、買う順番が来て、俺の正面に現れた。
注文のウサギセンベイをつくりながら、

「兄ちゃん、何才や」

と話しかけると、サラッと18才やと言う。

ええ…?思わずお菓子づくりの手を止めて、相手の顔を見直した。
「22~23才だと思ったんだが、君、高校どないしたんや?」

「おもろないから、一年で中退や。」

「それで今、仕事してるんか?」

「大工さんの弟子になってるんや」

小柄ながら、実に堂々として、落ち着いたオーラのある返事だ。
自分の思い全開で一生懸命に仕事に熱中している、理想の青年に久し振り出会った。
勿論、小中学校時代、我が街頭紙芝居を見て成長した青年なのだ。

いつも中学生のヤンチャ者には、(今でも同じだが)どれだけ努力しても、やる気が生まれないなら、学校なんて止めろ。
ダラダラと不登校なんて、卑怯者だ!その代わり、どんな仕事でもして、自分の飯は自分で稼いで生活しろ!

手に負えないヤンチャ中学生達に、街頭で吠えまくってきた俺の言葉を実行したそうだ。