第12話 転送された気になる手紙

第11話まで書いてきて、すぅ~と蘇って来るのは、「もえか」という今年19歳になる女の子のパソコン日記だ。
実は、昨年4月下旬、東京の(株)フリーズ社の渡我部美香さんからファックスで、我が家に送信されたものだ。

美香さんは、長身だが実に物静かで、女性らしさを内蔵した感性人間で、平成21年2月頃、ザ・カミシバイの俺の本を国会の図書館で読まれ、直ぐに寒風の大阪に来られ、毎日の街頭紙芝居実演現場を見学・取材されました。

そして、感動の秘話 -少女と紙芝居師の命の友情- としてフジTV「奇跡体験!アンビリーバボー」の全国放送につないで下さった恩人なのだ。

人間はほんとうに縁によって、生かされているのだが、「もえか」のパソコン日記も宇宙の大きな縁に依るものでしょう。

この日記も、テレビ放映が終わった直後に感動、直ぐに取りかかった様で、気持ちが伝わって来ます。

紙芝居のおっちゃん  April 23 thu 2009.

今日のアンビリーバボーで特集されていた紙芝居のおっちゃん。
実は小さい頃、凄く凄くお世話になりました。

私が大阪に転校してきて、お友達が出来始め時にね、
どうして苗字が変わったのってよく聞かれたの。

そうゆう時って離婚が恥ずかしいとも思っていなかったから、
「ママが再婚してん」
っていっつも隠しもせずにいたの。

公園でお友達と遊んでいるときに、初めておっちゃんとあった。
おっちゃんは毎週火曜日にきてた。

小学2年生のときなんだけど、その時友達がおっちゃんに、
「もえかちゃんって、お父さん2人もいるんだよ。変だよね」
って笑いながら言ってて、
私は、へんだと言われたことに対して、凄くむかついたの。

だから、その日は何も言わずに帰って、
次の火曜日に紙芝居だけ見に1人で公園に行った。

2回目なのにね、おっちゃん私の名前覚えててくれてて、
「もえかはお父さんが2人おるなんてなぁ、
2人のお父さんに愛されるなんて幸せなことやしな、
ちっとも変な事ちがうねんで~」
そういって、ウサギくれたよ。

ウサギっていうのは、私たちの間での呼び名だったけど、
水あめをせんべいではさんで、ソースで目を書いて耳をつけたものなの。

ねぇおっちゃん、私本当に嬉しかったよ。

それから火曜日の公園に、小学6年生くらいまでずっと行ってた。
中学になって、いろいろあって外に出る事も少なくなっていかなくなったけど、
いつも道で会った時でも「もえか笑ってるか~?」って言ってくれるおっちゃんが、
本当に暖かかったんだよ。

テレビでみてね、幸せそうなおっちゃんを見れて、本当に嬉しかった。

電話で教えてくれた、おねえちゃんに感謝しなきゃ。
紙芝居ってゆうたら、おっちゃんだから。
また型抜きとか、水あめとかテンカス(煎餅)とか食べたいな。

ほんとうになつかしい、10年前の思い出の「もえか」からのメッセージだ。
潜在意識の深い底を、リズミカルにかきわける様にうかび上がって来る「もえか」というなつかしく、温かい呼び名。
俺の体の一部の様だ。

来年は20歳の成人式か?可愛くて芯のしっかりした大人に成長してくれよ!

日本で唯一人、プロ現役街頭紙芝居師として、30年間続けていると、70万人の子供と出会っている計算になるが、男子の悪ガキは叱りつけていた記憶が多い公園だったが、女の子には、意外に優しかったんやなぁ~…。

それにしても、「もえか」が紙芝居を見に来てくれていた火曜日の紙芝居実演公園は川崎公園なのだ。
午後3時30分スタートで、5時30分までいて、5時30分から6時30分まで、1km位離れたところの豊崎東公園に移動していたのだ。

川崎公園は昭和55年に紙芝居をスタートさせた時の最初のホームグランド公園なのだ。
「もえか」も含めて、たくさんの思い出の凝縮した公園なのだ。

25年間も続けていたが、時代の流れで、5年前から子供達が急減し、隣の都島区の公園に移動しているが、年に一回の年末の公園餅つき大会には、午前10時から13時まで街頭紙芝居を実演しています。

まだ10年90歳までは紙芝居を実演するつもりですが、この記事を読んだら、現状の「もえか」を知らせて下さい。待ってるよ!!

TEL,FAX 06-6353-2957まで

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