第15話 群れ遊び

今年の異状気象には、毎日街頭広場で紙芝居を実演するプロ紙芝居師の人生には、実に深くて大きい試練であった。
35℃~36℃なら何とか体が耐えられるが、37℃~38℃となると体が痙攣するのだ。
その上に紙芝居広場に人っ子一人集まらない。広場が炎暑で燃えている。それでも一日中、誰か来るのを待ち続けるのだ。
第三者には馬鹿な行為に見えるだろうが、俺の五体に秘めたプロ意識なのだ。
素人のボランティア紙芝居師などでは体験出来ない行為だと思う。この炎暑の最中に、たった一人でも誰か見に来てくれるだろうと、その「誰か」に心を集中させると心がときめき出す。
俺には、己で創り出したときめきこそ本場である、と信じるくせがある。

午後3時半から待つこと90分、少し風が吹いて来た時、来たのが一台の自転車に子供2人を乗せた三十代の長身のお母さんである。
俺の単車の紙芝居舞台の横に来て、自転車に乗ったまま、うさぎセンベとミルクセンベを注文した。
ゆっくりと作ってそれぞれ二人の子供に手渡した。
子供は3才くらいの男の子と4才くらいの女の子である。
黙ったまま受け取って、食べ始めた。

そこで子供に向かって『ありがとう!』と言って!」
子供は返事をしないままだ。お母さんも少しもじもじした仕草があったが、そのままペダルを踏んで帰って行った。
炎暑の中に90分待って、やっと出会った3人の親子の後ろ姿に、実に違和感があった。
しかしその後、その親子は1週間に1回、必ず観に来てくれる様になった。相変わらず自転車に子供を乗せたままである。

10月7日は第一木曜日である。久しぶりに秋風が吹いて気持ちが良い午後4時過ぎには、子供や親達も含めて30人は集まって、雑談しながら街頭紙芝居の開演時間を待っている。
先週の親子も見に来て、3人とも自転車に乗ったままだ。
「お母さん!子供は子供同士の群れ遊びの中に成長し“かしこく”なるんだよ!
自転車から子供を下ろして群れの中へ入れなさい!」

それでも、返事をしないままそのお母さんが不安そうな仕草で後ろの4才の女の子を地面に下ろした。
3才の男の子はハンドル前のかごに乗せたままだ。
「お母さん男の子を地面に下ろして遊ばしてやりなさい!。
男の子は小さい時期から冒険をさせないと男らしさが生まれないよ!」

そのお母さんの表情が少し動くが、一向に言葉が出ないのだ。
黙ったままやっと男の子供を自転車から下ろしたが、二人とも親のそばから放さないのだ。

そして、次の週の15日、やはりその親子が自転車でやって来た。
そのお母さんは遠慮深そうな一面も感じられるが、全体として無表情で、自ら話しかけようとしないのだ。
俺の紙芝居舞台の横に、黙って電信柱の様に立っている。

しかし今度は二人の子供の手を放している。
そこで俺は腰をかがめて、「うさぎのセンベを買って!」と子供達に渡しかけると、そのお母さんはあわてて財布をまさぐり、百円玉を取り出して俺に渡そうとするので、「そのお金は子供に渡して!」と言って受け取らない。どぎまぎしながらようやく4才の女の子に渡した。
4才の女児は、お母さんと俺とのやりとりをすっかり分かっていたので、素早く5~6歩、俺の前に来て、「うさぎのお菓子2つ。」と百円玉を握った手を広げて、俺に差し出してきた。子供の方が紙芝居広場の雰囲気を素早く同化しているのだ。
渡すと、「ありがとう。」と自ら返事をするのだ。俺が以前に教えた言葉が、お菓子を買った自分の行為の中に無意識に生かされていると感じた。
お母さん!
男の子も同年齢の子供の中に入れなさい!」


20mくらい先の広場には、2~3才児が5~6人群れている。
その群れの近くまで母子を行かせた。
母親はどぎまぎして相変わらずぎこちない。見ているとその男の子供は母親を置き去りに急発進だ。
すぐに群れの仲間入りだ。
すると、幼児たちの群れは急に走り出した。
同じくその男の子も、群れの最後尾について走り出す。頭が大きく太り気味で、年齢的には大柄なのに、走った経験もないのかすぐに大きい頭からマリのように転んでしまう。
母親はオロオロしながら、心配で仕方ないのだ。しかし男の子供はまた起きあがり、みんなに追いつこうと一生懸命だ。
「お母さん!動いたらアカン!
公園で子供が転んで、死んだ子は誰もいない!
疲れたら帰ってくるから、それまで見守るだけで良いのですよ!」

子供は実に群れ遊びの中から知恵が生まれ、自ら生きる力を身につけていくのだ。
この一件があってから、母親の表情がにこやかになってきた。
周りの来園の親たちとも言葉は少ないが、相づちを打つ様子が多くなってきた。
小学校2~3年までは塾など不要だ。
この母親など、群れて遊ぶ大切さを知らぬまま大人になったようだ。
俺は30年間、街頭紙芝居をやってきて、幼少時の塾や勉強なんて、子供の将来に向かって価値はあまり認めたくない。
自力で生きて行くためのコミュニケーション力が生まれるはずがないのだから。
群生の力と価値を、文部省も命がけで研究して、日本民族の将来を明示すべきではないかと、心から願うばかりだ。

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