第2話 紙芝居師

1月 26th, 2008

ところで、皆さん、紙芝居屋、紙芝居のオッチャン等々、色んな呼び名の中に、ある時、突然「紙芝居師」という呼び名がマスコミに現れて来ましたが、その由来をご存知かな?
実はこの言葉の発案者は不省、紙芝居業26年の我が輩が創造した言葉です。
ウソ!ウソ!!ウソ!!
と思われるでしょうが、事実です。この事は、第3話に書きます。
さて、街頭紙芝居業者は、最盛期の昭和30年代には全国で5万人も居られたのに、実は昭和30年~40年にかけて、東京を中心に壊滅したそうです。
テレビが生まれ、高度成長期に入りますと、紙芝居業者は会社に行きだし、幼稚園、塾が急増し、テレビが生まれ、子供達の街中での遊びが急減したそうです。
おまけに、美味しいお菓子は急増してきますと、安易なアメ売りだけでの紙芝居業では売り上げも急減せざるを得ません。
私が大阪紙しばい業者免許を取得したのは昭和53年10月27日です。
3種の学科試験があり、胸のレントゲン写真も撮られます。
2年後の昭和55年の春48才から実際のプロの街頭紙しばい師としてスタートしたのでした。
当時、毎度、街頭で、生活をかけてのプロ紙芝居屋さんは、全国で20~30名位迄でしょうか?。関西では10数人位と絵元さんから聞いた事があります。絵元さんとは、紙しばい業者の総元締めで現在の映画制作会社的な存在です。
壊滅状態から15年も過ぎての新米紙芝居屋の誕生です。
かつて、15~16年前に先輩紙しばい屋さんが築き残して行ってくださった習慣が、街中には生き続けていた関係で、なつかしさを呼び覚まされ、スタートは全然苦労を感じませんでした。

第1話 色々な紙芝居??

12月 25th, 2005

 「群盲象をなぜる?」。ホスピス紙芝居、落語紙芝居、南京玉すだれ紙芝居、印刷、教育紙芝居、街頭紙芝居等々。
いずれにしても、ボランティアくずれの売名と、自己満足小銭稼ぎなのではないか。マスコミ報道も甘い!特に、街頭紙芝居を名乗る人たちならば、毎々街頭に出てやるべきものだが、昨今それはほとんど見たこともない。たまたまやっていても、大半は室内にて演じているのを見聞きするだけだ。
街頭紙芝居とは、昭和23年に全国的に紙しばい業者条例が施行され、街頭紙しばい業者免許証が発行された。
最盛期の昭和30年前後には、大阪だけでも2,600人弱位は居られた。生活の為に、1日6~7ヶ所も街頭で毎日必死に紙芝居をされて、多くの子供達を遊ばせ、遊びの中から子供達の夢づくりの手伝いとされていたのだ。
今、現在に再現するならば、菩薩業に価するだろう。